身体にたまるもの

悲しみは、身体に残ることがある
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悲しいことがあったとき、
人って分かりやすく身体が変わる。
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うつむく。
肩が落ちる。
胸が閉じる。
呼吸が浅くなる。
口角も下がる。
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でも私は、こういう変化って
その瞬間だけのものじゃないと思っています。
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長く続けば、
その姿勢や表情が“いつもの形”になっていくことがあるから。
形状記憶されるイメージね!
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たとえば、悲しいときって眉間に力が入りやすいし、口元も下がりやすい。
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反対に、頬を引き上げるような表情は減る。
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それが続けば、
「最近、眉間の線が戻りにくい」
「口角が下がって見える」
「顔全体が疲れて見える」
そんな印象につながることもあります。
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私は施術で顔を見るとき、
顔だけを見ているわけではありません。
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首が前に出ていないか。
肩が内側に巻いていないか。
胸が閉じていないか。
背中が丸くなっていないか。
呼吸は浅くなっていないか。
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そういう身体全体を見ます。
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悲しみが続いている人って、
身体を小さくするような姿勢になっていることがある。
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肩が前に入って、
胸が閉じて、
背中が丸くなる。
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そうなると首や肩まわりにも負担がかかりやすくなるし、肋骨の動きも小さくなって、呼吸まで浅くなりやすい。
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だから私は、
「顔が下がったから顔だけを上げる」
ではなく、なぜ今、この顔になっているんだろう?を見ることの方が大事だと思っています。
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もちろん、
「悲しいから身体が歪む」と単純に決めつけることはできません。
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姿勢や筋肉の使い方、睡眠、疲労、生活習慣など、身体の状態にはいろんな要素が関わっています。
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でも感情によって表情や姿勢が変わること自体は、日常でもすごく分かりやすい。
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だから施術者としては、
身体に現れているものを「筋肉が硬い」「姿勢が悪い」だけで終わらせない視点も持っていたい。
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そして、もうひとつ大事にしていること。
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施術中に涙が出る人がいても、
私はそれを特別なものとして扱わない。
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無理に理由を聞かないし、
「感情が解放されましたね」みたいに意味づけもしない。
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ただ、その人が安心してその時間を過ごせるようにする。
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あとさ涙はいつも緊張状態の人が副交感神経優位になると目の筋肉の関係で涙が出るだけだから。
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悲しくて泣いてるわけじゃなかったりするしね。
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セラピストができるのは、
感情を治すことではない。
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でも、緊張している身体に丁寧に触れて、
少し力を抜ける時間をつくることはできる。
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私はそれで十分だと思っています。
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身体は、言葉より先に何かを見せていることがある。
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だからこそ、
顔だけ、肩だけ、骨盤だけ。
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そうやって部分で切らずに、
その人が今どんな身体でそこにいるのか
を見られる施術者でいたい。
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悲しみという感情そのものをどうにかするのではなく、悲しみの中で身体がどんな姿勢を選んでいるのか、、産んでいるのかを見る。
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私はそこに、
セラピストとしてできることがあると思っています。

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