腕を組んでいるから、偉そうな人とは限らない
最近、人と話していてふと思ったことがある。
その人は、よく腕を組んで話す。
腕を組んで、少し身体を大きく見せるような姿勢で、自信ありげに話す。
見た目だけなら、
「偉そうだな」
「自信がある人なんだろうな」
と感じる人もいるかもしれない。
でも、その人を知っていくと、私にはむしろ逆に見える。
すごく繊細。
細かいことによく気づくし、周りからどう見られているかも気にする。
肩書きや立場も大切にするし、自分がどう評価されているのかにも敏感。
だから私はふと思った。
この腕組み、本当に“自信”なんかな?って。
もちろん、腕を組む理由なんて一つじゃない。
単なる癖かもしれないし、寒いだけかもしれない。
考え事をすると自然に腕を組む人もいる。
だから、
「腕を組む人は防御している」
「腕組みは自信のなさの表れ」
なんて決めつけるつもりはない。
でもセラピストとして人の身体を見ていると、
身体って、その人が安心できる形を無意識に選んでいることがある
と感じる。
腕を胸の前で組むという姿勢は、物理的には身体の前面を覆う形になる。
胸郭の前に腕がきて、肩もやや前方へ入りやすい。
一見すると堂々として見えるのに、身体として見ると「前を閉じる」要素もある。
ここが私は面白い。
強そうに見える姿勢と、守る姿勢って、案外近いのかもしれない。
そしてこれは、腕組みだけの話じゃない。
胸を張る人。
顎を上げて話す人。
いつも笑っている人。
声が大きい人。
逆に、小さく縮こまって話す人。
私たちは、その外側だけを見て、
「自信がある」
「気が強い」
「暗い」
「弱そう」
と簡単に判断してしまう。
でも施術をしていると、そんなに単純じゃないことに気づく。
堂々として見える人ほど、身体に触れるとものすごく緊張していたりする。
逆に、物静かで繊細そうに見える人が、身体は意外とゆったりしていることもある。
だから私は、
姿勢から性格を当てようとは思わない。
それより、
「この人の身体は、どうして今この形を選んでいるんだろう」
と考える。
そこに興味がある。
腕を組んでいる。
肩が上がっている。
顎が前に出ている。
呼吸が小さい。
手を強く握っている。
それを見つけても、
「この人はこういう性格」
と答えを出すんじゃなくて、
ひとつの情報として持っておく。
そして実際に身体に触れたときの感覚や、呼吸、動き、会話、その日の状態と重ねていく。
私はセラピストの「見る」って、こういうことなんじゃないかなと思っている。
知識を増やすと、つい人を分類したくなる。
「腕組み=防御」
「猫背=自信がない」
「胸が閉じている=悲しみ」
でも人間の身体は、そんな答え合わせみたいなものじゃない。
同じ姿勢でも、その人によって理由は違う。
だから、決めつけない。
でも、見逃さない。
この間にある感覚が、セラピストにはすごく大事だと思う。
身体を見て、その人を決めるんじゃなくて。 身体を見て、その人をもっと知ろうとする。
最近、腕を組んで話すその人を見ながら、そんなことを考えていました。
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